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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)300号 判決 1999年9月21日

原告

ウォング・ラボラトリーズインコーポレーテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁護士

鈴木修

深井俊至

同弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1  請求

特許庁が平成9年審判第10548号事件について平成10年5月14日にした審決を取り消す。

第2  前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年3月31日、1986年(昭和61年)3月31日及び同年6月27日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「多次元又は多方面テキスト・エディター」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和62年特許願第79529号)をしたところ、平成9年3月3日付け拒絶査定を受けたので、平成9年6月30日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成9年審判第10548号事件として審理した結果、平成10年5月14日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同月27日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)

(a)  情報処理システムにおける、多次元又は多方向のテキストのためのエディティング手段において、

(b)  テキスト・キャラクタ及びエディットコマンドを表すキーストロークに応答して、テキストを定めるコードのストリングを発生するエディター手段(146)であって、

(b-1) テキストを表すコードの前記ストリングにおける前記コードは、

(b-1-1) 前記テキストのキャラクタ又はシンボルを表わすキャラクタ・コードと、

(b-1-2) 前記テキストの特性を定めるオペレータ・コードとを含み、

(b-1-2-1) 前記オペレータ・コードは、前記テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータと、

(b-1-2-2) 前記テキストのキャラクタ及びシンボルの属性を定める環境オペレータとを含む、エディター手段と、

(c)  エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段(148)であって、

(c-1) 前記ストリングの前記コードを読み取り、前記コードをコード化ユニット(134)に構文解析し、

(c-1-1) 各コード化ユニットはユニットとして表現に配置される1つ又はそれ以上のキャラクタのグループを定めるコードのグループからなり、

(c-2) 各コード化ユニットについてユニット構造(136)を発生し、

(c-2-1) 各ユニット構造は対応するコード化ユニットの可視的な表示(120)を定める情報を含み、

(c-3) 構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記ユニット構造及び対応する前記ストリングのコードを読み取り、前記テキストの可視的に表示可能な表示を発生する、構文解析手段と、

(d)  を備える多次元又は多方向テキストのためのエディティング手段。

(行頭の符号は、理解の便宜のために付したものである。)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願発明は、引用例(「情報処理」25巻8号848頁ないし853頁。社団法人情報処理学会 昭和59年8月15日発行)に記載された発明、及び、テキストを作成するエディタにおける操作指示により、表示又は印字機能を起動せしめ、テキストの可視的に表示可能な表示を発生せしめる」という周知の技術から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

ただし、審決書4頁15行、16行「数式について」は「数式の整形について」の、12頁4行、7行、13行、17行の「x+1」は「1+x」のそれぞれ誤記である。

第3  審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  審決の理由1(手続の経緯、本願発明の要旨。審決書2頁3行ないし4頁9行)は認める。

(2)  同2(引用例。審決書4頁11行ないし8頁19行)のうち、「「\sqrt{}」はルート記号を指示するコントロールシーケンスを表すものと認められる」こと(審決書5頁下から3行ないし末行)、TEXソフトウエア及びTEX出力システムは、「TEXシステムのオペレーションに応答して動作することも自明であると認められる」こと(審決書7頁10行ないし12行)、引用例には、「(b-1-2') 前記テキストの特性を定めるコントロールシーケンスとを含み、(b-1-2-1') 前記コントロールシーケンスは、ルート記号を指示する\sqrt{}と」(8頁5行ないし8行)、「(c') TEXシステムのオペレーションに応答するTEXソフトウエア及びTEX出力システムであって」(8頁11行、12行)が記載されていることは争い、その余は認める。

(3)  同3(対比。9頁1行ないし11頁末行)のうち、引用例に記載された発明における「コントロールシーケンス」、「ルート記号を指示する\sqrt{}」、は、それぞれ本願発明における「オペレータ・コード」、「テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータ」に相当すること(審決書9頁3行ないし12行の一部)、並びに、引用例に記載された発明と本願発明とは、「(b-1-2) 前記テキストの特性を定めるオペレータ・コードとを含み、(b-1-2-1) 前記オペレータ・コードは、前記テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータと」(審決書10頁6行ないし10行)、「(c) エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段であって」(審決書10頁14行、15行)、「(c-3'') 構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記テキストの可視的に表示可能な表示を発生する、構文解析手段と」(審決書10頁18行ないし20行)で一致することは争い、その余は認める。

(4)  同4(当審の判断)のうち、相違点(i)についての判断(審決書12頁2行ないし13頁4行)は争う。

相違点(ii)についての判断(審決書13頁5行ないし18行)のうち、「テキストを作成するエディタにおける操作指示により、印字機能を起動せしめ、テキストの可視的に表示可能な表示を発生せしめることは、当業者に周知の技術であると認められる」こと(審決書13頁6行ないし9行の一部)は認め、その余は争う。

(5)  同5(結び。審決書13頁末行ないし14頁4行)は争う。

2  取消事由

審決は、構造オペレータについて一致点の認定及び相違点(i)についての判断を誤り(取消事由1)、可視的な表示について一致点の認定及び相違点(ii)についての判断を誤った結果(取消事由2)、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(構造オペレータについての一致点の認定の誤り及び相違点(i)についての判断の誤り)

審決は、引用例に記載された発明における「コントロールシーケンス」、「ルート記号を指示する\sqrt{}」、は、それぞれ本願発明における「オペレータ・コード」、「テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータ」に相当するとし(審決書9頁3行ないし12行の一部)、引用例に記載された発明と本願発明とは、「(b-1-2) 前記テキストの特性を定めるオペレータ・コードとを含み、(b-1-2-1) 前記オペレータ・コードは、前記テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータと」(審決書10頁6行ないし10行)との点で一致すると認定するが、誤りである。

そして、上記一致点の認定の誤りの結果、審決の相違点(ⅰ)についての判断も誤りである。

ア 引用例にいうコントロールシーケンスとは、その言葉自体、及び引用例に「\はTEXのコントロールシーケンス開始記号」(甲第2号証848頁左欄21行、22行)、「表は、次のコントロールシーケンスを与えて組む。\halign<幅指定>{<書式行><行1>...<行n>」(同850頁左欄下から5行、4行)と記載されていることから明らかなように、一連の入力を表す概念として用いられている。

イ 審決は、引用例(甲第2号証)850頁の図‐5の上から2番目の入力例中、「1+x」をユニットとして表現に配置される複数のキャラクタの集まりであると認定する根拠として、「「1+x」というキャラクタの集まりに対して、一つのルート記号が附されている」(審決書12頁7行ないし9行)点を挙げている。

しかしながら、本願発明にいう「ユニット」とは、空間的又は構造的な関係を定める単位であり、このことは、本願発明の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明における説明から明らかである。

すなわち、本願発明の特許請求の範囲第1項には、ユニットに関して、「ユニットとして表現に配置される1つ又はそれ以上のキャラクタのグループ」という記載があるだけでなく、「エディター手段」の説明において、「テキスト・キャラクタ及びエディットコマンドを表すキーストロークに応答して、テキストを定めるコードのストリングを発生するエディター手段(146)であって、」と記載され、上記「コード」について、「テキストを表すコードの前記ストリングにおける前記コードは、前記テキストのキャラクタ又はシンボルを表わすキャラクタ・コードと、前記テキストの特性を定めるオペレータ・コードとを含み、」と記載され、上記「オペレータ・コード」について、「前記オペレータ・コードは、前記テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータと、前記テキストのキャラクタ及びシンボルの属性を定める環境オペレータとを含む、」と記載されている。したがって、上記記載から、「ユニット」は、「オペレータ・コード」の1つである「構造オペレータ」によって「ユニット間の組織的な関係を定め」られるという処理を受けるものであること、及び、「オペレータ・コード」は、「テキストを表すコードの前記ストリングにおける前記コード」の1つであることが分かる。

さらに、本願明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明には、「『ユニット』は、一つの単位として、即ち一つの「もの」としてドキュメントに配置されなければならない関連の特性によって、キャラクタ・ストリング又はキャラクタ・グループとして定義される。」(9頁右下欄13行ないし17行)、「『ストリング』なる用語は、例えばキャラクタの連結された一続きを意味するように通常使用されているが、『ストリング』なる用語はこの発明のある特徴に関連し、かつ以下の説明の一定の部分では特殊な意味がある。これらの場合に、『ストリング』なる用語は1以上のユニットにわたる、又は含まれるテキストのセグメントを指し、ストリングの開始及び終端が同一の基準ラインに存在する特性を有する。従って、例えば、スクリプト、又は1ラインのライン分割に現れる1以上のキャラクタ・ストリングは『ストリング』であり、以上のように範囲を定め、処理を行なう。」(10頁右上欄14行ないし左下欄5行)、「『オペレータ』なる用語は、1キャラクタ又はストリングについて、又は関連して実行すべき過程、即ち処理を説明する。」(10頁左下欄6行目ないし8行目)、「基本的な形式において、オペレータは実行すべき処理を指示するコードであるが、処理を更に定めるパラメータと関連させることが可能である。」(10頁左下欄下から2行ないし右下欄2行)、「この発明では、現在3つの分類、即ち、『接頭辞』オペレータ、『接尾辞』オペレータ及び『インフィックス』オペレータを定義している。接頭辞オペレータは1個のキャラクタ、ストリング又はユニットについて処理をし、処理すべき対象の前に現れ、かつ終結されない限りページの終端の生起点から処理をする。接頭辞オペレータの例は次のキャラクタのリサイズである。接尾辞(「接頭辞」は誤記と認める。以下、同じ。)オペレータは再度1個のキャラクタ、ストリング又はユニットについて処理をするが、処理すべき対象の後に現われ、前に現れたユニットの処理に戻る。即ち、接尾辞オペレータの例には、オーバーバー又はアンダーバーの終結オペレータがある。インフィックスオペレータは通常2つのキャラクタ、ストリング又はユニットについて並行処理し、処理する対象間の関係を通常定め、処理するものの間に現れる。インフィックスオペレータの例には、基本キャラクタ又はユニットとスクリプトとの間に現れるスクリプト・オペレータがある。スクリプト・オペレータは基本として前のキャラクタ又はユニットと、スクリプトとして次のキャラクタ、ユニット又はストリングと、基本に対するスクリプトのスクリプト位置とを定める。用語のインフィックス、接頭辞及び接尾辞は複数のキャラクタ又はシンボルと、複数のユニットとに対するオペレータの処理特性を説明する。オペレータは、構造オペレータ又は環境オペレータとして、テキストのキャラクタ、シンボル及びユニットに対するこれらの影響の点でも説明されている。即ち、構造オペレータは、キャラクタ、シンボル、又はユニットとの間の空間的又は構造的な関係を定め、環境オペレータがイタリックであっても、またそのフォントがどのようなものであってもキャラクタ又はシンボルの一定の属性、例えばこれらの大きさを定義するものである。これらの性質による構造オペレータは、ユニットの開始及び終結と、以下に説明するように、スクリプト、ライン・スクリプト及びバー・オペレータのようなユニット間の関係とを通常定める。通常、このようなオペレータは対をなして、即ちユニットを開始する第1オペレータ、及びオペレータを終結させる第2オペレータとして現れる。」(11頁右上欄下から2行ないし右下欄末行)と記載されている。

ウ これに対し、引用例における前記「\sqrt{}」の例で行われている処理は、ルート記号を「1+x」にかかるように、かつ拡大して変形するという処理である。そこでは、「1+x」は構造オペレータによりそれぞれの組織的な関係が定められるユニットとして扱われておらず、「1+x」とその前にある「+」や「1」との間の組織的な関係を定める構造オペレータというものは存在しない。

(2)  取消事由2(可視的な表示についての一致点の誤り及び相違点(ii)についての判断の誤り)

審決は、引用例に記載された発明と本願発明とは、「(c) エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段であって」、「(c-3'') 構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記テキストの可視的に表示可能な表示を発生する、構文解析手段と、」(審決書10頁14行、15行、18行ないし末行)の点で一致すると認定するが、誤りである。

そして、上記一致点の認定の誤りの結果、審決の相違点(ii)についての判断も誤りである。

ア 本願発明の特許請求の範囲第1項(本願発明の要旨)には、まず「エディター手段」の説明があり、これを前提として次に「構文解析手段」の説明があり、その説明中に、「エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段(148)であって、・・・各ユニット構造は対応するコード化ユニットの可視的な表示(120)を定める情報を含み、構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記ユニット構造及び対応する前記ストリングのコードを読み取り、前記テキストの可視的な表示を発生する」との記載がある。このように、「可視的な表示」は、「前記エディター手段のオペレーションに応答して」なされるとの構成が記載されており、「エディター手段のオペレーションに応答」しなければならないのであるから、現在処理である。

そして、本願発明の発明の詳細な説明にも、従来技術においては、「作成処理及び編集処理中にユーザーに最終的なページの体裁を表示することが通常できない。」、「ページの真の体裁を表示するためには、ユーザーが実際にページを印刷しなければならない。」とされていたこと(甲第3号証5頁右下欄11行ないし17行)、及び、本願発明においては、「テキストが入力され、編集されるに従い、コンピュータ・メモリに記憶され、このような処理中にユーザーに対してはCRTのような表示装置を介して可視的に表示される。更にこの理由のために、1ページは1以上の「スクリーン」からなり、そのスクリーンは現在処理中であって、ユーザーに表示されているページの一部であると見做される。」こと(同8頁右上欄下から2行ないし左下欄5行)が説明されている。

イ これに対し、引用例には、「プリンタ」により最終的に「印刷」という方法で視覚的に表示させるという方法しか開示されておらず、「エディター手段のオペレーションに応答して」視覚的に表示可能な表示を発生させる構成は何ら開示されていない。引用例に開示されたものは、本願発明の発明の詳細な説明に説明されている従来技術にすぎない。

被告は、引用例に記載された発明における視覚的に表示可能な表示の発生は「印刷」に限定されておらず、「ビットマップディスプレイ」による可視的な表示の発生も含まれている旨主張するが、被告が引用した引用例(甲第2号証)の848頁左欄4行ないし10行の部分には、引用例の印刷方法に「ビットマップディスプレイ」におけるスクリーンによる可視的な表示の発生が含まれているなどとは何ら記載されておらず、エディタで作成した技術文書を高品位に出力するシステムへの「要求が高まっている」といっているだけである。

引用例(甲第2号証)の851頁「2.5 出力装置とそのドライバ」にも、「出力装置に応じた変換プログラムやインタフェースハードウェアが必要である。システムの構成例を図‐7に示す。レーザービームプリンタ等、ラスタスキャン型の出力装置に対しては、フォントのビットパターンの転送に多大な時間がかかる。そこで、フォントをROM化したり、転送にもダイレクトメモリアクセスやキャッシングを行ったりして高速化する工夫が必要となる。」とした上、最終的には「プリンタ」にフォントのパターンを転送して「印刷」することのみが説明されている。上記説明における「多大な時間がかかる」ということは、現在処理中での表示ができないことを意味するものである。

ウ 以上のとおり、引用例にはオペレーションに応答して視覚的に表示可能な表示を発生させる構成は何ら開示されておらず、最終的に「印刷」という方法で視覚的に表示可能な表示を発生させるという方法しか開示されていないものであり、当業者がこのような従来技術から本願発明の構成を容易に推考し得ないことは当然であり、審決の相違点(ii)についての判断も、誤りである。

第4  審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の審決の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(構造オペレータについての一致点の認定の誤り及び相違点(i)についての判断の誤り)について

ア 引用例には「\はTEXのコントロールシーケンス開始記号、{、}は区切り記号である。\hsize 199ptは頁の横幅を199ポイントにし、\ctrline{...}はセンタリングを行い、\vskip 0.10inは縦方向に0.10インチの空白をあけ、\slはslantedフォントを使い、\"は次の一文字にウムラウトを付け、\cは同じくcedillaアクセント、\parは段落の終わり、\vfillはその頁の縦方向の余白をこの位置に詰めることを各々指示している。」(甲第2号証848頁左欄21行ないし29行)と記載されている。さらに、「ハイフネーションの可能な位置をコントロールシーケンス\-によりDijk\-straと指示してやればよい。」(849頁右欄4行ないし6行)との記載において、「\-」はハイフネーションを指示するコントロールシーケンスを表している。

以上の引用例の記載から、引用例の850頁図-5の例において、「\sqrt{}」はルート記号を指示するコントロールシーケンスである。

イ 原告の主張のうち、「ユニット」は、「オペレータ・コード」の1つである「構造オペレータ」によって「ユニット間の組織的な関係を定め」られるという処理を受けるものであることは、認める。

ウ 原告は、上記「\sqrt{}」の例において「1+x」は変形されずルート記号が「変形」されているから、処理の対象はルート記号の方であると主張する。

しかしながら、引用例における「1+\sqrt{1+x}」という入力例を取ってみれば、この表示結果は「1+√1+x」となり、{}で囲まれた「1+x」のみにルートがかかり、sqrtに前置する「1」や「+」にはルートがかかっていない。すなわち、「\sqrt{}」は、{}で囲まれた文字だけにルート記号をかけることをもって、{}で囲まれた「1+x」と、他の文字(上記の入力例では、「1+」または「+」のような\sqrtに前置する文字群)との間の組織的な関係を定めていることは明らかである。

よって、\sqrt{}は、本願発明における構造オペレータに相当し、{}で囲まれた「1+x」は本願発明におけるユニットに相当することは明らかである。

(2)  取消事由2(可視的な表示についての一致点の誤り及び相違点(ii)についての判断の誤り)について

ア 原告は、本願発明においてはテキストの表現を可視的に表示するために印刷する必要はなく、現在処理中にスクリーンに可視的に表示される旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲第1項における「可視的な表示」という構成には何ら限定が付されていないから、当該構成は、CRTのような表示装置による現在処理中の可視的な表示ばかりでなく、「印刷」という方法による可視的な表示をも含んでいることは明らかである。したがって、本願発明が「印刷」という方法による可視的な表示のみにより実現されている場合には、原告の主張するような「現在処理中にスクリーンに可視的に表示される」構成とはならないから、原告の上記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。

イ さらに、原告は、引用例には最終的に「印刷」という方法で視覚的に表示可能な表示を発生させるという方法しか開示されていない旨主張する。

しかしながら、引用例の「計算機周辺にレーザビームプリンタ等、高解像度のハードコピー装置やビットマップディスプレイが現われ始めるに伴い、エディタで作成した技術文書を高品位に出力するシステムへの要求が高まっている。本文では、そのような要求に応えるシステムとして注目を集めているTEXについて解説した後・・・」(甲第2号証848頁左欄4行ないし10行)、「レーザビームプリンタ等、ラスタスキャン型の出力装置」(同851頁左欄下から9行、8行)の記載から、引用例に記載された発明における視覚的に表示可能な表示の発生は、「印刷」には限定されておらず、「ビットマップディスプレイ」や「ラスタスキャン型の出力装置」による可視的な表示の発生も含まれている。引用例の図-7(同851頁)に記載された「プリンタ」は、あくまでも一例を示したにすぎない。

したがって、原告の上記主張は誤りである。

理由

1  引用例の記載事項について

(1)  引用例の記載事項のうち、「「\sqrt{}」はルート記号を指示するコントロールシーケンスを表すものと認められる」こと(審決書5頁下から3行ないし末行)、TEXソフトウエア及びTEX出力システムは、「TEXシステムのオペレーションに応答して動作することも自明であると認められる」こと(審決書7頁10行ないし12行)、引用例には、「(b-1-2') 前記テキストの特性を定めるコントロールシーケンスとを含み、(b-1-2-1') 前記コントロールシーケンスは、ルート記号を指示する\sqrt{}と」(同8頁5行ないし8行)、「(c') TEXシステムのオペレーションに応答するTEXソフトウエア及びTEX出力システムであって」(同8頁11行、12行)が記載されていることを除く事実は、当事者間に争いがない。

(2)  甲第2号証によれば、引用例には、「ハイフネーションの可能な位置をコントロールシーケンス\-によりDijk\-straと指示してやればよい。」(849頁右欄4行ないし6行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例においては、一連の入力のうち文章整形を指示する命令に相当する「\-」のような部分をコントロールシーケンスと定義していることが認められる。

そうすると、同じく「\」を含む「\sqrt{}」は、ルート記号を指示するコントロールシーケンスを表すものと認められるから、これと同旨の審決の判断及び用語の使い方(審決書5頁下から3行ないし末行)に誤りはない。

引用例におけるコントロールシーケンスは一連の入力を表す概念として用いられている旨の原告の主張は、採用することができない。

(3)  また、「TEXソフトウエア」及び「TEX出力システム」は、システム全体を構成するTEXシステムの一部をなすものと認められることからすると(審決書7頁7行ないし10行)、「TEXソフトウエア」及び「TEX出力システム」がTEXシステムのオペレーションに応答して動作することも自明のことと認められる。

(4)  したがって、引用例の記載事項のまとめ(審決書7頁15行ないし8頁19行)のうち、引用例には、「(b-1-2') 前記テキストの特性を定めるコントロールシーケンスとを含み、(b-1-2-1') 前記コントロールシーケンスは、ルート記号を指示する\sqrt{}と」(審決書8頁5行ないし8行)、「(c') TEXシステムのオペレーションに応答するTEXソフトウエア及びTEX出力システムであって」(8頁11行、12行)が記載されている、との審決の認定にも誤りはないものと認められる。

2  取消事由1(構造オペレータについての一致点の認定の誤り及び相違点(i)についての判断の誤り)について

(1)  争いのない事実

本願発明の要旨(前記第2、2)は、当事者間に争いがない。

そして、審決の「対比」についての認定、判断のうち、引用例に記載された発明における「コントロールシーケンス」、「ルート記号を指示する\sqrt{}」、は、それぞれ本願発明における「オペレータ・コード」、「テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータ」に相当すること(審決書9頁3行ないし12行の一部)、引用例に記載された発明と本願発明とは、「(b-1-2) 前記テキストの特性を定めるオペレータ・コードとを含み、(b-1-2-1) 前記オペレータ・コードは、前記テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータと」(審決書10頁6行ないし10行)、「(c) エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段であって」(審決書10頁14行、15行)、「(c-3'') 構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記テキストの可視的に表示可能な表示を発生する、構文解析手段と」(審決書10頁18行ないし20行)で一致することを除く事実は、当事者間に争いがない。

(2)  コントロール・シーケンスについて

前記1(2)に説示のとおり、引用例に記載された発明における「コントロールシーケンス」は、一連の入力のうち文章整形を指示する命令に相当する部分を意味するから、引用例に記載された発明における「コントロールシーケンス」が本願発明における「オペレータ・コード」に相当するとの審決の認定に誤りはない。

(3)  構造オペレータについて

ア  甲第3号証によれば、本願明細書には、

オペレータ・コードに関して、「本発明の第1の特徴として、オペレータ・コードは、・・・接頭辞オペレータと、・・・接尾辞オペレータと、・・・インフィックスオペレータとを有する。本発明の他の特徴において、前記オペレータ・コードはテキストの複数ユニットと、前記テキストのキャラクタ及びシンボルの属性を定める環境オペレータと、の間の組織的な関係を定義する構造オペレータを有する。」(6頁左下欄末行ないし右下欄14行)と、

構造オペレータに関して、「構造オペレータは、キャラクタ、シンボル、又はユニットとの間の空間的又は構造的な関係を定め、・・・構造オペレータは、ユニットの開始及び終結と、以下に説明するように、スクリプト、ライン・スクリプト及びバー・オペレータのようなユニット間の関係とを通常定める。・・・他の例において、バー開始オペレータは、バー・ユニットの始端から始めてマークを付け、バー・ユニットを終結させる対応のバー終結オペレータがある。(11頁右下欄8行ないし12頁左上欄7行)」と、

オペレータに関して、「この発明では、現在3つの分類、即ち、「接頭辞」オペレータ、「接尾辞」オペレータ及び「インフィックス」オペレータを定義している。・・・接尾辞オペレータは再度1個のキャラクタ、ストリング又は1個のユニットについて処理をするが、処理すべき対象の後に現れ、前に現れたユニットの処理に戻る。即ち、接尾辞オペレータの例には、オーバーバー又はアンダーバーの終結オペレータがある。インフィックスオペレータは通常2つのキャラクタ、ストリング又はユニットについて並行処理し、処理する対象間の関係を通常定め、処理するものの間に現れる。(11頁右上欄19行ないし左下欄15行)」とそれぞれ記載されていることが認められる。

さらに、甲第3号証によれば、本願明細書には、

接頭辞オペレータ、接尾辞オペレータについて、「オーバーバー/アンダーバー:次のユニットがオーバーバー又はアンダーバー付きであることを表わす接頭辞オペレータ。

バー・ターミネータ:前のオーバーバー/アンダーバー・オペレータに対するターミネータとして機能する接尾辞オペレータ。」(13頁左上欄11行ないし16行)と、

オーバーバー、アンダーバーについて、「オーバーバーは、1以上のキャラクタのストリングの上に現れるライン即ちバーであり、アンダーバーは1以上のキャラクタのストリングの下に現れるライン即ちバーである。」(9頁右下欄2行ないし6行)と記載されていることが認められる。

イ  以上の記載によれば、本願発明における「構造オペレータ」の1つとして「バー・オペレータ」があり、「バー・オペレータ」の1つとして「接頭辞オペレータ」や「接尾辞オペレータ」があることが認められる。そして、本願発明における構造オペレータであるバー・オペレータが行う処理は、アンダーバー、オーバーバーをユニットにかかるようにするものであるから(なお、この処理においても、1以上のキャラクタのストリング自体は変形されないものである。)、引用例におけるルート記号を「1+X」のユニットにかかるようにすることは、本願発明における構造オペレータであるバー・オペレータが行う処理と同様の処理であると認められる。

したがって、引用例に記載された発明における「ルート記号を指示する「\sqrt{}」は、本願発明における「テキストのユニット間の組織的な関係を定める構造オペレータ」に相当するとの審決の認定に誤りはない。

ウ  原告は、「\sqrt{}」には、その前の入力「1」、「+」との関係で{}で囲まれた部分をどのように空間的又は構造的に関係させるかという指示部分は全くないし、そのような処理も全く行われていない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本願発明における構造オペレータであるバー・オペレータは、ユニットにオーバーバー又はアンダーバーを付する処理を行うものであるが、このオペレータも構造オペレータとして組織的関係を定めているものであるから、「\sqrt{}」も同様に、構造オペレータとして組織的関係を定めているということができる。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(4)  一致点の認定の誤りについての結論

よって、原告主張の取消事由1のうち、構造オペレータについての一致点の認定の誤りをいう部分は理由がない。

(5)  相違点(i)についての判断について

そして、上記一致点の認定に誤りがない以上、審決の相違点(i)についての判断のうち、「引用例に記載された発明において、上記(4)で引用した入力例にも示されるように「1+x」はユニットとして表現に配置される複数のキャラクタの集まりであると認められる。そして、その出力例に示されるように、「1+x」というキャラクタの集まりに対して、一つのルート記号が附されている。これはキャラクタの集まりに対してルート記号を付加し、可視的な表示を実現しているものと認められる」(審決書12頁3行ないし11行)との認定に誤りなく、したがって、審決の「「TEXソフトウエア及びTEX出力システム」においてコードをコード化ユニットに構文解析すること(すなわち、「1+x」を一つのまとまりを持ったキャラクターのグループとして認識すること)および該コード化ユニットについてユニット構造を発生すること(すなわち、「1+x」に対して単一のルート記号を付加するための構造を発生させること)は、当業者が構文解析を具体的にインプリメントする際に当然に採用する構成であると認められるから、本願発明の上記構成は、引用例に記載された発明から当業者であれば容易に想到し得ることと認められる。したがって、上記相違点(i)が格別のものであるとは認めることができない。」(審決書12頁11行ないし13頁4行)の認定、判断にも誤りはないものと認められ、原告主張の取消事由1のうち、相違点(i)についての判断の誤りをいう部分も理由がない。

(6)  まとめ

よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

3  取消事由2(可視的な表示についての一致点の誤り及び相違点(ii)についての判断の誤り)について

(1)  可視的な表示についての一致点の誤りについて

ア  甲第2号証によれば、引用例には、「計算機周辺にレーザビームプリンタ等、高解像度のハードコピー装置やビットマップディスプレイが現われ始めるに伴い、エディタで作成した技術文書を高品位に出力するシステムへの要求が高まっている。本文では、そのような要求に応えるシステムとして注目を集めているTEXについて解説した後・・・」(848頁左欄4行ないし10行)、出力装置に関して、「システムの構成例を図-7に示す。レーザビームプリンタ等、ラスタスキャン型の出力装置に対しては・・・」(851頁左欄下から10行ないし8行)と記載されていることが認められる。そして、ラスタスキャン型の出力装置で、ビットマップ型のディスプレイとして、CRTは周知の装置であり、しかも、CRTのようなディスプレイにおいては、オペレーションに応答して、可視的に表示可能な表示を現在処理的に発生させることが普通の使用方法であると認められる。したがって、引用例の上記記載によれば、引用例に記載された発明における「可視的に表示」は、「印刷」に限定されておらず、「ビットマップディスプレイ」のようなものによる現在処理による表示の発生も含まれるものと認められる。

イ  原告は、引用例には「レーザービームプリンタ等、ラスタスキャン型の出力装置に対しては、フォントのビットパターンの転送に多大な時間がかかる。そこで、フォントをROM化したり、転送にもダイレクトメモリアクセスやキャッシングを行ったりして高速化する工夫が必要となる。」(甲第2号証851頁左欄下から9行ないし5行)と記載されているところ、「多大な時間がかかる」ということは、現在処理中での表示ができないことを意味する旨主張する。

しかしながら、原告指摘の箇所にも、データの転送に多大の時間がかかることへの対策として、「そこで、フォントをROM化したり、転送にもダイレクトメモリアクセスやキャッシングを行ったりして高速化する工夫が必要となる。」と記載されているものであり、これらの対策によりラスタスキャン型の出力装置は実用化に耐え得ると認められ、他にCRTのような可視的表示装置を除外する記載も除外すべき技術上の理由も認められないから、原告の上記主張は採用することができない。

ウ  したがって、本願発明の特許請求の範囲第1項にいう「可視的に表示」がCRTのようなディスプレイによる現在処理を意味するとしても、引用例に記載された発明と本願発明とは、「(c) エディティング手段のオペレーションに応答する構文解析手段であって、(c-3'') 構文解析手段は前記エディター手段のオペレーションに応答して、前記テキストの可視的に表示可能な表示を発生する、構文解析手段と、」(審決書10頁14行、15行、18行ないし末行)の点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  相違点(ii)についての判断の誤りについて

審決がした相違点(ii)についての判断のうち、「テキストを作成するエディタにおける操作指示により、印字機能を起動せしめ、テキストの可視的に表示可能な表示を発生せしめることは、当業者に周知の技術であると認められる」こと(審決書13頁6行ないし9行の一部)は、当事者間に争いがない。

そして、前記(1)に説示したことからすると、テキストを作成するエディタにおける操作指示により、表示機能を起動せしめ、テキストの可視的に表示可能な表示を発生せしめることも、当業者に周知の技術であると認められる。

そうすると、引用例に記載された発明において、エディターのオペレーションに応答して、TEXソフトウエア及びTEX出力システムが視覚化出力を発生せしめるようにすることは、当業者が上記周知の技術から容易になし得る事項と認められる。してみると、本願発明においてエディター手段のオペレーションに応答して、構文解析手段が視覚的に表示可能な表示を発生することは、当業者が容易になし得ることと認められ、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

(3)  まとめ

よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

4  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年9月7日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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